岡田仁志「リブラ 可能性、脅威、信認」5章を読まないで、プライバシーを語るな

「岡田仁志「リブラ 可能性、脅威、信認」5章を読まないで、プライバシーを語るな」というタイトルにしましたが、まさに、この部分の記述を理解することが、プライバシーを語る場合の基礎知識であるし、そのようになるべきだろうと考えています。

現代社会で、プライバシーもしくは、個人情報保護の文字をみない日は、ありません。人によっては、現代社会で、もっとも重要な人権であるという人もいそうです。

 省庁によっては、国滅びても、秘密が保護されれば、いいというようなところもありそうですが、それは、さておきます。

しかしながら、現代社会で、個人にリンクしうるデータが交換されるときに、その「交換」は、きわめて、いろいろな条件のもとで、なされていること、そして、それは、単純なペン一本が100円です、というような表現がなされない、ということについては、正面から議論されることが、まず、ありません。

岡田先生の本では、この点が、具体的なデータをもとに、そして、その取得方法(コンジョイント分析)の解説とともになされています。

コンジョイント方式については、こちら(私の会社のページ)でも解説しています。

岡田先生の本の210ページで紹介されている報告書は、こちらです。(オープンデータになっているはずなので、研究者の方は、生データをもとに、分析ができるはずです)

この調査は、2010年の春になされているのですが、この段階で、プライバシーにコンジョイント方式を利用して分析するというのは、世界でも2例目でした。Alesandro Acquisiti先生にインタビューをして、誉められたのは、すごい、いい思い出です。(Acqisti先生の業績は、こちら

岡田先生の本は、プライバシーに関するデータの主体にとっての価値が、情報主体の所属クラスタによって変わること(213頁)、人格からの距離というべきデータの性格によって、かなり変わること(218頁)、データの取扱者によって異なること(222頁)、をきちんと論じています。

そして、この研究は、フェースブックなどのドミナントな主体の活躍する市場でなされる場合と、競争がある市場でなされる場合で、主体が認知するプライバシーの価値が異なってくるのではないか、という方向につながることを示唆しているでしょう。(このような研究が、日本では、ほとんど理解されないのは、残念なことです。-実験は費用がかかるので、それがみつからないわけです)

これを図で示しましょう。

 

 

 

 

 

この図は、情報主体のコアのプライバシに関する情報、識別にかかる情報、リンクしうる情報が、主体が社会生活のなかで、取引情報が提示されて、他の取扱の主体に開示されることを示しています。それらの情報は、他の取引の要素(たとえば、検索サービスを、金銭的対価なしで利用する、というようなこと)相まって、取引されるのです。

本来であれば、情報主体に関するプライバシは、取引の一つの要素として、情報主体は、それを評価して、取引すべきかどうか、また、(他の主サービスと込みで)いくらで取引するかというのを決めることになります。

しかしながら、上の岡田先生の本で論じられていたように、取引主体たる情報主体が、財の価値を理解しないで、市場に参加しているのです。プライバシーのパラドックスは、岡田先生の本では211頁からですし、私の解説はこちら

IPA報告書ではクラスターの所属(もしくは、コンジョイントによって認知された個人の重要度の数値、岡田先生の213頁)と、質問紙法におけるプライバシーについての重要度の数値が相関がないことに触れられています(IPA報告63頁)。

これを一言でいうと、情報主体にとってのプライバシーの主観的価値は、「コンテキスト(経緯もしくは文脈)」に依存する、ということになります。

そして、このコンテキストというのは、上の図で表されたように

  • 人的要素(情報主体の感受性、その他、デモグラフィックな要素)
  • 社会的要素(取引についての情報の公平性と巻き戻し可能性、それらの確保可能性)
  • 市場的要素(市場の競争状況)
  • 取引的要素(取引条件、特に、目的の利己性/利他性)

のすべてを包括するものと考えるのが、妥当なように思えます。

まず、自由市場をベースに考えて、そして、プライバシーも、取引の一要素であると考えるのであれば、契約自由の原則が、大原則であること、しかしながら、それが、取引主体の認知の不十分さから、情報の非対称性が生じていること、これをベースに、現代社会におけるプライバシーの公平な取引を考えないといけないことになります。

岡田先生の本は、このようなプライバシーのコンテキスト依存性を実証データによって、解説しているものです。プラットフォームにおけるプライバシー取引についての規制当局のハードなパターナリズム(父権主義)を正当化しようという人であっても、このような事実(エビデンス)を認識する必要があると思います。

このエントリのタイトルで、「5章を読まないで、プライバシーを語るな」というのは、まさに、岡田先生のこの部分が、世界的なプライバシの議論のレベルを分かりやすくコンパクトに示しているからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

プラットフォーマーと個人情報プラス

個人情報保護委員会から、「「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」に対する当委員会の考え方について」という報道発表がでています。

もともとの「公正取引委員会からの考え方(案)」については、一つ前のエントリで、メモをしておきました。要点は、「優越的な地位の濫用」を「優越的地位」という微妙な判断基準のもとに「競争」概念とは、違う観点から、市場の競争状況を具体的に考えないで、「プラットフォーム規制」という流れのもとに適用するというのは、注意すべきであるということです。

それは、さておき、そこでは、「個人情報プラス」に対する規制が意味されているのではないか、ということを示唆していたのですが、まさに、この考え方において、この「プラス」部分に対する規制であることが、確認されています。

この「プラス」規制であることがよく分かるのは「消費者に対して優越的地位を有するデジタル・プラットフォーマーにあっては、個人情報保護法に違反する場合だけでなく、個人情報保護法に違反するとはいえない場合であっても、消費者に対して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる場合がありうる。」という部分です。

前のエントリで、これをどのように位置づけるのか、ということを指摘しておきました。いわゆるプライバシ・アドブォケイト諸氏におかれては、個人の「何を」を保護法益としているのか、具体的に、この「不利益」とされるのは何か、さらに、個人のプライバシの買いたたきにたいして、このようなパターナリズムを正当化するのは、何なのかというのを明らかにしてもらいたいなあ、と思っています。

まあ、反語的な表現にしましたが、要は、今回の公正取引委員会も個人情報保護委員会も、「プラットフォーム規制」という流れの中で、「優越的地位の濫用」の理論を濫用しているなあ、というのが私のエントリのまとめということになりそうです。

プラットフォーマー論とプライバシーの落とし穴

「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」が、出ています。

内容としては、いわゆる「デジタル・プラットフォーマー」の特性、独占禁止法の適用、優越的地位の濫用の適用可能性について「はじめに」でふれた後に、

1 優越的地位の濫用規制についての基本的考え方
2 「取引の相手方」の考え方
3 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方
4 「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方
5  優越的地位の濫用となる行為類型

の各点について、分析がなされています。

プラットフォーマー論が競争法の文脈で語られる場合、特に、優越的地位の濫用の理論を用いた場合には、市場の画定をしなくていいとされるので、競争との関係が、いわば、グダグダになってきます。市場についての分析が厳密になされない、したがって、競争との関係について考慮が及ばないということが一つの落とし穴になっているのではないか、と考えられます。

いわゆるGAFAをみたときに、さて、どのような市場なのでしょうか。
グーグルは、検索+広告市場ですね。アマゾンは、商品購入+広告でしょうか。FBは、SNS+広告。アップルは、アップル(製品)というハードウエアかもしれません。
図解しておきます。

 

ところで、利用者からだと、検索、商品購入、SNSしか見えていなかったりします。つい、この見えやすい市場での競争力を押さえつけるべきだという考え方になりがちではないか、というのが、「落とし穴」といった理由です。

2 「取引の相手方」の考え方について

考え方は、「サービスを利用する際にその対価として自己の個人情報等を提供していると認められる場合は」と記載されています。

まず、大原則「No Free Lunch」です。サービスが提供される場で、これらの情報が、利用者から、サービス提供者に供給される、したがって、取引の相手方ということになるのは、いうまでもないことでしょう。「対価として」ということにどのような意味があるのか、ということです。配達のためだけに提供されて、それ以外にまったく使わなければ、「対価として」とはいえないとなるのかもしれません。

市場の画定の際には、価格を上げた場合の利用者の移行をみるわけですが、サービスの費用がゼロの場合であっても取引の相手方になりうるは、当然といえるかと思います。価格については、インセンティブが与えられる場合もあるわけなのは、私たちのeID 研究で、すでに10年前に明らかにされているところです。

米国で「アマゾンの競争政策におけるパラドックス(Amazon’s Antitrust Paradox)」という論文が独禁法の適用に影響を与えたという記事があるのですが、そのうち、参照してみることにしたいと思います。

次に、ここで、「等」とされているところの意味を考えます。そして、私の特許でも明らかなように、商品選考の判断さえも、貴重な情報になってくるのです。その意味で、個人情報規制プラスが示唆された用語法になります。

3 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方
考え方の(1)および(2)は、普通に市場力があるということなので、それは、それでいいかと思われます。(公取委的には、説明法は違いますけどね)

4 「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方
これは、解説としては、「公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものをいう」といっていますが、ほとんど同義反復ですね。

で、実は、「是認されるか」という問題は、そもそも、「優越的地位の濫用」って「競争」との概念では、どのように整理されるのという問題にさかのぼってきます。
この点については、競争法の世界で、非常に議論のあるところです。

個人的には、「優越的地位の濫用」は、世界的な解釈からみたときに、競争との関係では、説明がつかないものではあるが、日本的な状況から、実務的なものとして運用されていると整理しています。詳しくは、「規約変更によりGeForceのデータセンター利用を制限」を参照ください。

日本において、当事者間の法律関係について、執行が困難であったり、コストがかさんでしまったりする場合に、対応する必要があり、それが競争法に裏口から、忍び込んでいるというところでしょうか。

この点についてのまとめた論文として、参照しやすいものとして加賀見 一彰「「優越的地位の濫用規制」の濫用の規制 : 法・法学と経済学との相互対話を目指して」があります。

以下、このアプローチをもとに検討します。

すると、検索市場の取引関係を見ていくと、以下の図のようになります。

ところで、個人情報等について、これが、提供者に無料で提供されるわけです。

これを検索市場の競争秩序からみたときにどうなるのでしょうか。

競争というのは、需要にたいして種々の供給が提供されて、その種々の提供の間で、選択がなされうる場合ということになるかと思います。

競争法の秩序という観点からみたときには、利用者が、個人情報等の価値について「理解しうる」のであれば、種々の検索サービスで、連携されている商品の価格が安くなるとか、情報を利用しないとか、そのような情報に対する「対価」の差別化を得ることができれば、競争が維持される、ということになるかと思います。

では、「個人情報等」が買いたたかれている、というのは、競争法の秩序からみたときに、公的に是正すべきものとして、介入すべき問題なのでしょうか。規制の効果とそのコストという問題もかんがえないといけないです。

商品の買いたたきの防止、という観点からいくと、労働力の買いたたきの禁止としての最低賃金の定めというアプローチがあることに気がつきます。個人情報等にたいして、そのような「強制的なお節介(ハードなパターナリズム)」をとるべきなのでしょうか。

公的に是正すべき場合には、何らかの手法が、効果が生じうるものであることが必要になる(改善可能性ですね)と思われます。ところが、プライバシーという観点からいくと、個人は、プライバシーが重要だといっていても、実際の選択については、ほとんど気にしない(プライバシーパラドックス)という特徴があります。なので、公的に是正することをいってみても、個人に関連する情報が何か、価値として異なるのかということが、サービスの競争の条件としては意識されることはない、ということになります。

検索市場を例にとってみてみましたが、提供者は、個人情報に関して、利用者の注意を喚起する、そして、法の定める要件を満たすということ以外に、なにか、別途、利用者にたいして、追加の対価を与えるべきなのか、ということは、それを与えるという方向性を示したとしても、利用者に対して、評価されずに、競争という観点からは、効果がない、という宿命が待ち構えているということになります。そもそも、提供者が、いろいろと利用可能な情報を、できるかぎり安価に取得しようというのは、自由主義というか、競争の観点から当然のことです。それに対抗して、何か、特別の義務をプラットフォームに課すべきであるというような議論は、実効性がありうるのか、という問題に直面するわけです。

その上に、そもそも、特別の義務論的なものは、プライバシーとの関係で、どのような意味があるのか、ということが問題になります。市場力を有するサービス提供者によって、取得されるとき、利用者は、プライバシーが(競争市場と比較して)特段に侵害されたと感じるのか、というように問題を言いなおすこともできます。

これは、「プライバシー」をデータ保護、個人に関するデータに関する自己決定権といっているうちは、解決できない落とし穴です。
プライバシーを、「個人の自己に関するデータが他人に了知されることから生じる不安感」と定義し、それが、文脈によって、変動するという実際を認めたときに初めて考えうる問題になってくるか、と思います。

すると、市場力を有しないプロバイダーだとなしうる行為であっても、市場力を有するプロバイダーは、なし得ない行為があるのではないか、ということになります。これは、今後、検討されるべき問題でしょう。

ところで、市場の構造を見てみると、検索市場や、商品販売市場における存在(市場力)を利用して、広告市場において有力な地位を得ようとするのはどうでしょうか。これは、広告市場での競争を減殺させる構造が生じているというよう思われます。ただし、これに対して、何らかの対応をすべきかどうか、というのは、広告市場の市場分析等がなされなければならないかもしれません。広告といっても、弁護士を探す面では、むしろ、弁護士ドットコムのほうが、強いかもしれませんね。どの程度まで細分化された市場を考えるかとかの問題もあります。

このように見てきた場合に、公的規制によって、プラットフォームをめぐる取引関係について、介入すべきではないのではないか、と考えられます。もし、本当に望ましい公的な介入は、むしろ、新規技術を促進し、また、リスクを緩和し、さらに、許容範囲を明確にすることによって、社会の発展をうながすために使われるべきでしょう。

1990年代に、マイクロソフト分割論が、騒がれ、米国政府は、多大なコストを使って、規制をなそうとしました。また、EUは、Windows95のブラウザを後にインストールするような版を作らせました。それがどれだけ競争に効果があったのでしょうか。Chromeは、EUの政策があったからといって、シェアを拡大したわけではないでしょう。技術の進展が、競争を生み出し、社会の進歩を生み出すわけです。

規約変更によりGeForceのデータセンター利用を制限

「NVIDIAが規約変更によりGeForceのデータセンター利用を制限」という記事がでています。

ここで、「これはNVIDIAの独占的地位を利用した、明らかな地位の濫用と言えます。」という記載があります。これを、思考実験として、わが国の独占禁止法的にどのように考えるのか、ということを考えてみましょう。
ここで、「独占的地位の濫用」といっているので、多分「優越的地位の濫用」といわれている規定を意図しているのでしょうから、具体的に、独占禁止法をみてみましょう。
同2条9項6号ホは、「前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」となっていて、この趣旨は、具体的には、課徴金対象として、別個の条文で規制されることになった
「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。」
という規定(同法2条9項5号)

一般指定13項(取引の相手方の役員選任への不当干渉)
「13 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、取引の相手方である会社に対し、当該会社の役員(法第二条第三項の役員をいう。以下同じ。)の選任についてあらかじめ自己の指示に従わせ、又は自己の承認を受けさせること。」
にその趣旨が表れています。(あとは、特殊指定として、新聞業特殊指定、物流特殊指定、大規模小売業特殊指定ですね。)

でもって、この「優越的地位の濫用」については、いろいろな解釈論が、でています。個人的には、世界的な解釈とできる限り合わせるようにして、市場におけるドミナントポジションの濫用のうち、典型的な行為を定めたと解しています。それはさておき、ライセンス契約の条項の変更について、解釈論としては、上の条項のどれに当てはまるのか、という問題になりますね。条項としては、「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し」に該当するというのでしょうかね。
そうはいっても、「相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に」というのは、どういう意味なのか、ということになります。

構成取引委員会のガイドラインをみてみましょう。「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方 」があります。

ここでのポイントは、「取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りる」という解されていること、そして、それは、「乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合」となり、それは、「乙の甲に対する取引依存度,甲の市場における地位,乙にとっての取引先変更の可能性,その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実を総合的に考慮する」ということになりますね(同ガイド4頁)。

そうなのと、やっぱりここでも、市場というのが、ポイントになるかとおもいます。「廉価なAI計算に特化したGPU」市場とかがあれば、その市場において、Nvidiaは、優越した地位をもっているのかもしれませんが、実際の判断としては、それは、困難であるようにおもわれます。市場の考え方については、このブログ(市場とその画定)でふれています。(市場の画定は、非常に困難な作業なのですが、現時点では、せいぜいGPU市場というのが通常かとおもいます)

そうだとすると、通常の考え方をすれば、当該市場において、Nvidiaは、優越した地位を有しているわけではないので、特に、その濫用といわれるようなことはしていない、ということになるかとおもいます。

ガイドラインに書いてありますが、「事業者がどのような条件で取引するかについては,基本的に,取引当事者間の自主的な判断に委ねられるものである。取引当事者間における自由な交渉の結果,いずれか一方の当事者の取引条件が相手方に比べて又は従前に比べて不利となることは,あらゆる取引において当然に起こり得る。」ということになります(2頁)。優越的地位の濫用は、その市場における市場力を濫用して、競争を減殺するのを防止するための制度であって、具体的な契約条件の変更が、資金のない「かわいそうな」弱小当事者を助けるための制度というわけではないということかとおもいます。