インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(第4回資料)を読む

著作権とブロッキングについての株式会社ITリサーチ・アートの報告書をご紹介しました

基本的には、属人的な問題よりも、国際的な基礎的な情報の収集が基礎調査になるし、それが、日本には欠けているよねという感じを思っているので、そのような観点から、TF4回目の資料をみてみたいとと思います。

インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(第4回資料)は、こちらです。

比較法的な分析となると

(1)イギリスについての「イギリスの制度について」(明治大学情報コミュニケーション学部准教授 今村哲也氏)は、資料がでていないのが残念です。

ITリサーチ・アートの報告書(イギリスは、高橋が担当しました)ですと、137頁以降になります。根拠としては、著作権指令に基づくCDPA97条A に基づいて、事件としては、Newsbin1、同2、同3の事件があって、確定した判例法理として差止が認められています。あと、エントリで紹介したカルティエ事件でカバーできるかと思いますがか、どうでしょうか。

(2)ドイツについては、上野先生の資料(ドイツ著作権法におけるブロッキング)においては、ドイツ連邦通常裁判所(BGH)判決(2015 年 11 月 26 日))と、ミュンヘン地裁決定(2018 年 2 月 1 日)が紹介されています。

ドイツ連邦通常裁判所(BGH)判決(2015 年 11 月 26 日)については、笠原先生担当で、ITリサーチ・アート報告書 209頁に事案報告がなされています。

調査義務については「著作権法違反の内容を含むインターネットサイトへの接続を媒介する場合は、インターネットサイト「3dl.am」ないし「goldesel.to」の法律違反に対して、通信会社の相当因果関係のある寄与行為が認められる。必要となる期待可能性の衡量においては、EU 法(unionsrechtlich)及び国内の基本法の下で、著作権者の財産権の保護(Eigentumsschutz der Urheberrechtsinhaber)、通信会社の営業の自由、並びにインターネット利用者の「情報の自由」ないし「情報の自己決定権」を、考慮しなければならない。遮断は、インターネットサイトに法律違反の内容が既に掲載されている場合に、それだけで期待できるわけではなく、全体としてみて合法で、違法な内容が重要でない場合もある。インターネットの技術的な構造から生じる回避可能性の問題も、違法な内容へのアクセスを避け、あるいは少なくとも困難にする限りで、遮断命令(Sperranordnung)に問題を生じさせるわけではない。

しかしながら、インターネットへの接続を媒介する企業の妨害者責任は、比例原則の観点から、権利者が相手方-自ら違法行為を行った場合のそのインターネットサイト運営者、あるいは、そのサービスを行うことによって、侵害行為に寄与したホストプロバイダ-に対して、まず一定の努力をしている場合のみ考慮される。このような当事者の請求が功を奏しなかった、あるいは、功を奏する見込みが全くない場合に、そしてそれ故に、他の手段では権利保護に欠けてしまう結果となる場合のみ、アクセス・プロバイダへの妨害者責任の請求が認められる。運営者とホストプロバイダは、法律違反そのものについては、インターネットの接続を媒介しているという意味では、本質的に似ている。先んじて請求されるべき相手方に関して、権利者は合理的な範囲内で調査をすべきである。例えば、興信所への委託、インターネット上で違法な申し出を調査する企業への委託、あるいは、国家の調査機関の介入の要請等である。結局両事件ともこの要件を欠いていると判断した。」と報告されているところです。

私としては、このテーマに対して、株式会社ITリサーチ・アートが、このように詳細な報告を、提供できたということは、本当に誇りに思います。

それ以外の解釈論について
(3)宍戸 常寿先生の「ブロッキングの法制度整備に関する憲法上の論点の検討」があります。

これについては、憲法が、プロバイダの行為に直接適用されるという前提に立っているように見えて、?と思っています。

政府レベルで、この論点について、述べているものは、「情報通信の不適正利用と苦情対応の在り方に関する研究会報告書」の報告書であると思われます(1999年)。

この報告書においては、「一般的には、発信者の氏名、住所等の発信者情報についても『通信の秘密』に含まれるとされているため、この問題を検討する上では、まず、『通信の秘密』を保護した現行の法規定との関係を整理する必要がある。」とした上で、憲法上の「通信の秘密」との関係について、「基本的には、憲法の基本的人権の規定は、公権力との関係で国民の権利・自由を保護するものであると考えられている。電気通信自由化以前については、電電公社、国際電信電話株式会社には憲法の規定が適用されていたとも考えられるが、電気通信が自由化された現在では、電気通信分野における競争の進展状況、インターネットの登場等の電気通信の多様化の進展状況にかんがみれば、憲法上の『通信の秘密』は私人である電気通信事業者等へは直接的な適用はなく、電気通信事業法等で保護されているものと考えられる。」とされています(同報告書・第4章・2(1))。

学説的には、昔の本しかないのでごめんなさいですが、

阪本昌成「憲法理論Ⅲ」143頁は、旧公衆電気通信法の規定の位置づけについての議論(KDDを国家と同視して、公衆法上の規定は憲法の要請である)をあげて、通説的な立場は、「現在でも、電気通信事業法上の規定につき、同様に解されているようである」とし、それに対して、「国家の監督に服する私人の行為であればステイト・アクションとなるわけではなく(略)、KDDの示す『独占・公益性』は私企業としての特徴を指すだけであり、市民が利用を強制されていると、比喩以上のものではないからである(利用者は、他の手段によって自由に通信しうるのであって、電話利用を強制されてはいない)」としています。(いわんとすることは難解ですが、キャリアについて、一定の法定を求めていることを憲法が求めることを抽象的に、意味していて、具体的な法定内容までは、憲法の定めるところではないというように読めます-この部分追加@26July,2018)

松井茂記「インターネットの憲法学」295頁は、「通信事業の持つ公共的性格を考慮すると、これに憲法の通信の秘密保護規定を直接適用する考え方には、一理あるが、現在のように電気通信分野が民営化された状況では、やはり電気通信事業者を政府の一部と考えることは困難であり、憲法の通信の秘密規定はそのままでは適用されないと考えるべきであろう。それゆえ電気通信事業者であるプロバイダーが送信者情報を開示することは憲法違反とはいえない」としていました(岩波書店、2002)。

なので、宍戸先生の資料が直接適用説を当然の前提にしているように読めてしまって、どうも大きな?がついて回るのです。

あと、海外からの通信についても、「憲法の規定がそのまま適用されるのか」というのは、問題提起をしたいと思います。

むしろ、先例としては、平成28年12月9日 最高裁判決(覚せい剤取締法違反、関税法違反被告事件)が出されるべきなのではないでしょうか。
この判決は、税関検査に関するものですが、
「行政上の目的を達成するための手続で,刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく,そのための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものでもない。
また,国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており,国内郵便物の場合とは異なり,発送人及び名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシー等への期待がもともと低い上郵便物の提示を直接義務付けられているのは,検査を行う時点で郵便物を占有している郵便事業株式会社であって,発送人又は名宛人の占有状態を直接的物理的に排除するものではないから,その権利が制約される程度は相対的に低い」としているものです。

この点は、月曜日の無法協で、議論を提起したところですので、週末に原稿おこししますが、少なくても、国外からの通信がわが国に伝わる時点においては、国家主権が優先すると考えているので、むしろ、他の基本権と衝突する際には、国家は、国外からの通信の自由を保障しない(尊重する義務がある、ITU憲章 34条参照)ことも許容されると解しています。(国境における国家の通信における主権は、それを国内の行使に委託することができると考えています)

なお、同条は
第三十四条 電気通信の停止

1 構成国は、国内法令に従って、国の安全を害すると認められる私報又はその法令、公の秩序若しくは善良の風俗に反すると認められる私報の伝送を停止する権利を留保する。この場合には、私報の全部又は一部の停止を直ちに
発信局に通知する。ただし、その通知が国の安全を害すると認められる場合は、この限りでない。
2 構成国は、また、国内法令に従って、他の私用の電気通信であって国の安全を害すると認められるもの又はその法令、公の秩序若しくは善良の風俗に反すると認められるものを切断する権利を留保する。

としています。

 ちなみに、私は、国際法とは二元論なので、憲法上位だとかいう批判は受け付けません。できるだけ、国際法と国内法は、調和した解釈をとるべきでしょう、ということと、国際通信には、憲法の規定が及ばないし、電気通信事業法も海外の事業者にはおよばないのに、なんで、(国内の場所だからという理由で)国際通信が100%保障されるような解釈がとれるの?というものです。

(4)山本先生の資料は「ブロッキングの法制度整備に関する民事手続法上の論点」です。

この提起している問題点は、大きいと思いますし、また、EUや英国の判例理論は、非常に重要な示唆をあたえてくれると思うので、次のエントリで考えます。